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1911年10月10日、辛亥革命。歴史に残らなかった「命」の物語。

NEWS

  • 2011.12.7 ジャッキー・チェン出演作で勇気をもらった映画投票結果発表!

  • 2011.10.18 ジャッキー・チェン出演作で勇気をもらった映画投票を開催します!

  • 2011.10.18 特集サイトを公開しました。

INTRODUCTION

INTRODUCTION
1911年10月10日、辛亥革命。 100年前の強い想いが100年後の私たちに、「生きる」を物語る―。

近代中国の新たな道しるべとなった、1911年の<辛亥革命>から100周年を迎える今年、中国が世界に誇るスーパースター、ジャッキー・チェンによる、構想10年・総製作費30億円のビッグ・プロジェクトが始動―それが歴史エンターテイメント超大作『1911』だ。時はラストエンペラーの時代。衰退の一途をたどる清王朝を憂い、新たな国家を作るため、革命家・孫文(そんぶん)の指揮により、多くの民衆が立ちあがった。日本とも縁深く、“ 中国革命の父”と呼ばれる孫文の右腕といえる存在だったのが、革命軍司令官・黄興(こうこう)である。国外退去せざるをえなかった孫文に代わり、義に厚く、実直かつ、恐れを知らない豪傑といえる性格から、戦地から戦地へと尽力した男。そんな日本では知られることのなかった真の英雄、そして革命に身を捧げ散っていった若者たちの物語が、ついにベールを脱ぐ。
1962年の子役デビュー以来、記念すべき100本目の出演映画として、本作を選んだジャッキー・チェンが主人公・黄興を演じるほか、総監督も務める本作。ジャッキーの右腕として監督を務めるのは、世界的メガヒットを飛ばした『レッドクリフ』を始め、これまで撮影監督として活躍してきたチャン・リー。本作でもジャッキー率いるスタントチーム(成家班)による戦場シーンなど、壮大かつ臨場感溢れる描写を、ダイナミックに捉えている。そんなアクション・シーンとともに、本作の核となるのが、激動の時代に翻弄された人々を描いたヒューマン・ドラマだ。黄興を陰で支えながら、戦火の恋が芽生える女性革命家・徐宗漢(じょそうかん)には、ジャッキーとは『ドラゴン・キングダム』以来の共演となる中国の国民的女優、リー・ビンビン。孫文役には『宋家の三姉妹』など、これまで幾度にも渡って孫文役を演じてきたウィンストン・チャオ。また、『ラストエンペラー』などハリウッドで活躍するほか、『オータム・イン・ニューヨーク』の監督としても知られるジョアン・チェンや、『花の生涯~梅蘭芳』やNHKドラマ「蒼穹の昴」で知られる“レスリー・チャンの再来”ユィ・シャオチュン、『香港国際警察/NEW POLICE STORY 』のスン・チュン、ドラマ版「THE MYTH/神話」のフー・ゴー、『太陽の少年』のニン・チン、『イップ・マン 葉問』のデニス・トーなど、世紀のプロジェクトを盛り上げるべく、中国・香港・台湾などアジアを代表するオールスター・キャストが集結している。さらに、革命軍のキーパーソンとなる張振武(ちょうしんぶ)役で、ジャッキーの息子であるジェイシー・チャンも出演。初となる“ 本格的”親子共演はジャッキー・ファンならずとも見逃せない。
これは夢を持つことが許されなかった時代に、自由と愛を求めて生きた人々の感動の物語―彼らが立ちあがるとき、世界が変わり、歴史が動き始める…。

STORY

STORY PHOTO1 日清戦争を機に日本、イギリス、フランス、ロシア、ドイツら列強諸国による勢力が一層強まっていた、20世紀初頭の中国。わずか2 歳で皇帝に即位した溥儀(ふぎ)を戴く清王朝は、衰退の一途をたどっていた。侵食されてゆく国を憂う若者たちの危機感も高まっており、孫文(そんぶん)率いる<中国同盟会>をはじめとする多くの革命組織が各地で結成されていた。
1911年3月。清王朝に対して幾度となく反旗を翻してきた孫文は、武装蜂起を前に指名手配されてしまい、国外逃亡せざるを得なくなる。孫文は中国での革命活動の指揮を、彼が最も信頼する同志である黄興(こうこう)に託すのであった。

4月、孫文の意志を引き継いだ黄興は、海外から帰国した<中国同盟会>>のメンバーとともに、広州にある総督府(官庁)に攻め込むことを計画する。だが事前に情報を入手していた清朝軍に厳戒態勢を敷かれ、激しい市街戦となってしまう。この戦いで多くの同志を失い、撤退せざるを得なかった黄興は悲しみに打ちひしがれ、自らを責め、苦しむことに。そんな彼を献身的に支えたのは弾薬の運搬や負傷者の看護役として参加していた女性革命家・徐宗漢(じょそうかん)だった。激烈な戦場で2人は支え合ううちに、お互いの気持ちが通じ合うようになっていた。歴史上、“ 黄花崗七十二烈士”と呼ばれたこの悲劇は、中国全土にこれまでにない反清運動の高まりをもたらすことになった。その後、次々に全国で巻き起こる若者たちによる勇気ある行動と、徐宗漢の支えによって黄興はふたたび立ち上がることを決意する。
そして、1911 年10月10日、湖北省の武昌区で新たに響いた革命の銃声は時代を動かした。黄興は、仲間たちの元へと駆けつける。崩壊寸前の祖国と愛する人を救うため、同志たちと語り合った理想を勝ち取るため、そして、盟友・孫文との約束を果たすため。ついに<革命=辛亥革命>の火蓋は切って落とされた。

STORY PHOTO2 STORY PHOTO3 STORY PHOTO4

CAST&STAFF

CAST
  • 黄興:JACKIE CHAN(ジャッキー・チェン)

    黄興:JACKIE CHAN(ジャッキー・チェン)
    日本亡命中に孫文の同志となる。孫文に代わり戦地から戦地へと蜂起を重ねた。義に厚い実直な性格で、人望も厚く若者たちを鼓舞させる手腕を持ち、その人柄と風貌から「中国の西郷隆盛」といわれた。1911年の辛亥革命では、革命軍の総司令として奮闘。民衆を勝利へと導いた。革命後も袁世凱政権との戦いで終始一貫して孫文を助け、固い友情で結ばれていた。

  • 徐宗漢:LEE BING BING(リービンビン)

    徐宗漢:LEE BING BING(リービンビン)
    青年期、ホノルルで学び欧米近代思想に触れ、衰退する祖国中国の現実に直面して革命を志す。後に三民主義を説き、辛亥革命を先導。日本とのつながりも深く、亡命と訪問は合計15回。宮崎滔天、犬養毅、梅屋庄吉など多くの友人がいる。中華民国の初代臨時大総統。現代中国人からも「中国民主革命の先駆者」あるいは「国父(中華民国建国の父)」と呼ばれ崇敬を受けている。

  • 孫文:WINSTON CHAO(ウインストン・チャオ)

    孫文:WINSTON CHAO(ウインストン・チャオ)
    端麗な容姿と強靭な精神力を合わせ持つ女性革命家。革命軍に参加し、1911年4月27日の黄花崗の武装蜂起の際、弾薬の運搬や負傷者の看護役を務める。
    手に重傷を負った黄興を献身的に看病し、香港の病院に移送。後に黄興と結婚し、一児を産む。黄興の死後も女性活動家として活躍した。 

  • 林覚民:HU GE(フー・ゴ-)

    林覚民:HU GE(フー・ゴ-)
    辛亥革命に先立つ、1911年4月の広州で黄興らとともに蜂起。これに失敗し処刑される。刑死前に、革命の大儀を書き残したことでも知られる。いわゆる、黄花崗七十二烈士の一人。

  • 張振武:JAYCEE CHAN(ジェイシー・チャン)

    張振武:JAYCEE CHAN(ジェイシー・チャン)
    日本の早稲田大学に留学し、東京で孫文らが結成した中国同盟会に参加。辛亥革命の発端となった武昌蜂起の指導者の一人であり、孫武、蒋翊武と並んで「首義(辛亥)三武」と称される。1912年8月、袁世凱によって殺される。

  • 隆裕皇太后:JOAN CHEN(ジョアン・チェン)

    隆裕皇太后:JOAN CHEN(ジョアン・チェン)
    先代皇帝の光緒帝の妻で、西太后の姪にあたる。1908年、溥儀が即位して宣統帝となるとともに、皇太后と称される。幼年の皇帝の先行きを案じながらも、清朝の最期を看取った。袁世凱に対する不信感が強かった。

  • 袁世凱:SUN CHUN(スン・チュン)

    袁世凱:SUN CHUN(スン・チュン)
    「ストロングマン」と呼ばれ、清末から中華民国初期にかけて、動乱期中国の政局の大半を動かした軍人政治家。謀略に長け、清朝皇帝の退位、共和制樹立と引き換えに、民国大総統の地位を獲得。強権的専制支配に反対する孫文ら革命派の第二革命を圧殺。だが、1915年皇帝制度の復活を図って失敗。1916年憤死した。

  • 黎元洪:JIANG WU(ジャン・ウー)

    黎元洪:JIANG WU(ジャン・ウー)
    元々は革命軍を迎えうつ清朝軍の将校であったが、武昌蜂起で逃げ遅れたところを革命軍に拘束され、逆にリーダー不在の革命軍に都督として祭り上げられ、革命軍に参加する。地位が高かった黎元洪の寝返りは周辺の人々に清朝の敗退を印象付け、革命軍への参加を促す結果となった。

  • 秋瑾:NING JING(ニン・チン)

    秋瑾:NING JING(ニン・チン)
    聡明な女性革命家。夫と2児を残し、東京の実践女学校に留学。孫文が率いる中国同盟会に加入し、革命活動に専念する。武装蜂起に失敗して逮捕され、「秋風秋雨、人愁殺す」の辞世の句を残し、1907年に斬首、処刑された。その死は民心をゆるがし、革命運動を大いに鼓舞した。

STAFF