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映画「俺は、君のためにこそ死にいく」特集

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「俺は、君のためにこそ死ににいく」愛する人を、守りたかった――特攻隊員の衝撃の真実が今、明かされる。5月12日(土)全国東映系ロードショー
イントロダクションストーリーキャスト&スタッフ予告編500K1M上映スケジュール
関連商品「自慢の母」投稿募集太平洋戦争/特攻隊を知る公式サイト

イントロダクション

  太平洋戦争末期。圧倒的劣勢の日本軍は、爆弾を積んだ戦闘機で敵艦に体当たりする“特別攻撃隊”を編成。特攻隊基地のある鹿児島・知覧にその女性はいた。“特攻の母”として慕われた実在の女性・鳥濱トメ。

本作は、製作総指揮を務めた石原慎太郎自らが彼女から聞いた真実を基に企画、脚本を書き上げた意欲作。監督は、新城卓。そして物語を彩る主題歌「永遠の翼」&タイトルイメージソングを担当したのはB'zの2人。実際に知覧の特攻平和会館を訪れ、共感し書き下ろした。

物語の中心となる特攻隊員役を徳重聡、窪塚洋介、筒井道隆らが演じ、鳥濱トメ役には、石原氏の熱烈なラブコールを受けた女優・岸惠子が扮する。徹底的にこだわられたリアリティと「男たちの大和/YAMATO」のVFXチーム他精鋭スタッフらにより感動と衝撃の超大作が完成した。日本の未来を担う若者たちへのメッセージとして、今62年の時を超えいよいよスクリーンに登場する。

イントロダクション写真  
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ストーリー

  太平洋戦争末期、富屋食堂を営む鳥濱トメ(岸惠子)は、知覧が特攻基地となったことを知った。トメに会いに来ては飛び立っていく特攻隊員たち。二度と帰らない彼らを引き留めることも出来ず、複雑な思いを胸に秘め、母親代わりとして慈愛の心で彼らを見守り続けていく。

悩みながらも軍人としての本分を尽くそうとする中西(徳重聡)は遺品の郵送をトメに託し、仲間に先立たれて死を急ぐ板東(窪塚洋介)は、死んだ後に特攻に志願したことを父親に伝えて欲しいとトメに頼んだ。飛行機の故障で基地に戻って来る田端(筒井道隆)は、トメに「日本は戦争に負ける」とつぶやいた。

そして原爆投下と共に迎えた終戦。しかし、それで全てが終わったわけではなかった。生き残った特攻隊員は、罪の意識を抱え、生の意味を問い続ける。トメは彼らの試練をもまざまざと目の当たりにすることになったのである…

ストーリー写真  
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キャスト

 
徳重 聡・・・中西正也【少尉 第71振武隊 中西隊隊長】 徳重 聡・・・中西正也【少尉 第71振武隊 中西隊隊長】
  陸軍士官学校を卒業した生え抜きの陸軍少尉。「日本は負ける」という田端の言葉を重く心に留めつつも、愛する一枝からもらった血書の日の丸を額に巻きつけ、大空に飛び立っていく。
筒井道隆・・・田端紘一【少尉 第47振武隊 荒木隊】 筒井道隆・・・田端紘一【少尉 第47振武隊 荒木隊】
  特攻に出撃するも、悪天候のため帰還した日の夜、許婚の良子と再会。その後、出撃しては機の故障のため幾度も引き返すようになり、周囲からは卑怯者の烙印を押されてしまう。
 
窪塚洋介・・・板東勝次【少尉】 窪塚洋介・・・板東勝次【少尉】
  特攻に出撃したが、自分だけが生き残ってしまう。先に逝った仲間の許に行きたい一心で、再度特攻を志願。知覧で中西の隊に加わる。トメが憲兵隊に連行された時、身を挺して彼女を助けようとする 。
 
岸 惠子・・・鳥濱トメ 岸 惠子・・・鳥濱トメ
  知覧の商店街で富屋食堂を経営。若き特攻隊員たちから常日頃母親のように慕われており、彼らの熱く哀しい想いを最もよく知る人物。戦後は、彼らの亡き魂の供養と平和の尊さを伝えつづけた。
 
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スタッフ

■製作総指揮・脚本/石原慎太郎 ■監督/新城 卓 ■主題歌/B'z「永遠の翼」

私の、みんなの「自慢の母」発表!!

それぞれの想いを秘める若者たちを見つづけ、「特攻の母」と呼ばれるほど慕われていた鳥濱トメさん。知らないうちに引き寄せられるような魅力を持った、本当に素敵な母親といえる存在です。

今回、彼女のような自慢の母を熱く語ってくれた皆さん、ご投稿ありがとうございました! その中から厳選した“自慢の母”をここに発表いたします!

やはりいつの時代も母は偉大な存在ですね!!

 

【母自慢】
「涙が出そうになったら空を見なさい。いつも皆の上にあるのよ。それに上を向くと涙も止まるしね(笑)」と母が私によく言ってくれてた。だから私の子供達はみんな笑顔で居 られる様に空にまつわる名前を着けたよ。
【自慢の母へ】
空の上からは何が見える? もちろん私とパパと子供達のスマイルでしょ(笑)! アリガト ね お母さん…合掌。
(澪虹天ママさん/女性/29歳)
【母自慢】
学校で誤解から友達と問題を起こし窮地に陥り皆に責められた時、「私の娘は悪くないなんて言いません。誰より分かってます。それでも、最後の一人になっても信じてやりたい 。母親ですから」という母の言葉に救われた。
【自慢の母へ】
私を誰より理解し、支えてくれているのはお母さんだと想ってます。
(ちこさん/女性/33歳)
  【母自慢】
慈愛に満ちた眼差しと、子を思う大きくて子供の私としてははかることの出来ない愛の深さ。生きているうちに気付くことが出来て幸せです。今度は僕が孝行する番だ。待って ろ 母ちゃん。
【自慢の母へ】
僕にとって大好きな存在です。母ちゃんに出会えてよかった。ありがとう!
(KNTさん/男性/22歳)
  【母自慢】
すごい辛いときに母が「どんな時でもお母さんが守ってあげるから大丈夫」と言われた時に安心できました。
【自慢の母へ】
お母さんがいてくれるから頑張ろうって思えるよ。ありがとう。
( りぶ たいさん/女性/23歳)
 
  【母自慢】
私の母は、今年61歳ですが休日は山登りやテニスをして楽しんでいます。家事や仕事について私が生まれてから文句を言ったことがなく、優しさや謙虚さを忘れず人として尊敬で きる人です。母のような母を目指してます。
【自慢の母へ】
大好きです。今まで家族に時間を費やした分これからは自分の時間を大切にし、長生きしてください☆
(さちさん/女性/23歳)
  【母自慢】
正に大輪の向日葵で肝っ玉母さんというイメージにピッタリな人その周りだけポカポカとし守られて居るという安心感、急な突風が来ても跳ね飛ばす笑顔の耐えない母も15年前他 界、私も母の様な向日葵を咲かせたいです。
【自慢の母へ】
お母さん私は貴女の娘で本当に幸福です貴女の教えてくれた全てが私の中にあり子共を育てています、ありがとう。
(向日葵の子共さん/女性/43歳)
 
  【母自慢】
嫁いで43年、田舎の町長の妻として夫を支え、町民の母として万人に光を注ぐ努力を惜しまず、夫の死後も滅私奉公で娘と息子を政界に送り込んだ、この人こそ正に真の政治魂を 持った、我々の「あー ちゃん 」です。
【自慢の母へ】
選挙選挙 の人生、お疲れさま。これからも頼りにしています。
(地方政治家さん/女性/41歳)
  【母自慢】
うちのママは友達からも慕われる本当に肝っ玉オカンです♪あたし抜きでも友達と御飯に行ったり…アクティブおかん☆
【自慢の母へ】
いくつになってもアクティブでパワフルなおかんでいてね☆
(法子の娘さん/女性/24歳)
 
  【母自慢】
僕の母は保育士をやっていました。そして30年目になった年の一月、余命3ヵ月と告知され約半年後の8月、僕が18歳の時にガンで亡くなりました。自慢というのは、その半年間も 母は働き続けたということです。
【自慢の母へ】
お母さん、ご苦労様。お母さんにはありがとう が いっぱいです。息子に産んでくれて本当にありがとうね。
(みるみる さん /男性/22歳)
  【母自慢】
お父さんが亡くなって私は究極のお父さん子だったので精神的に落ちた。死にたいって言ったらお母さんが一緒に死のうって手を引っ張って外に連れ出しました。その時に目が覚 めました。お母さんが一番辛いのに。
【自慢の母へ】
本当にいつも迷惑かけてごめんなさい。お母さん感謝してます。お母さん大好きです。
(あっこさん/女性/30歳)
 
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本作の舞台は、終戦の年に当たる1945年。そこには、国の誇りをかけて戦い、散っていった多くの命がありました。今やすっかり平和になった日本の世の中。それでも、決して忘れてはいけないことがある。過去の大きな代償の元に、今の平和があるということを…。

そこでここでは簡単にこの戦争にまつわる用語を簡単にご紹介。戦争そのものを知らない若い人たちにこそぜひ知ってもらいたい基礎知識!

 

 

太平洋戦争
1939年〜1945年にかけて起きた第二次世界大戦の中の一つの局面。日本と、アメリカ・イギリス・オランダ・中華民国等の連合国軍との戦争。日本が奇襲した1941年の真珠湾攻撃によって始まる。長い戦いで消耗し追い込まれた日本は、特別攻撃隊を編成し戦局を変えようとしたがそれも叶わなかった。最終的に、1945年日本に原爆が投下され、ポツダム宣言(降伏勧告)を受諾することで終戦を迎えた。
知覧
鹿児島市より南へ約36kmほど下ったあたりに位置する。最終局面となった沖縄の戦いにおいて、この地にあった本土最南端の航空基地が後の特攻基地に変わる。
知覧の語源は「ち(地)ら(原)み(海)」。
特別攻撃隊
1944年、追い込まれた戦局の中で編成された部隊。爆弾を積んだ戦闘機が敵の艦隊に体当たりし、敵艦もろとも海に沈めようとした。つまり出撃=死という非常なまでの自爆戦法。
必ずしも熟練したパイロットたちだけではなく、多くの未熟な若者たちまでもが戦場に駆り出されていった。
戦闘機「隼」
陸軍特別攻撃隊の主力機となったのは、隼<キ43>と呼ばれるもの。ちなみに、「キ」は機体の意味。番号は、試作発注された順番を示す。
大西瀧治郎
海軍の中将で、特攻作戦の生みの親。彼が生み出したのは有名な「神風特攻隊」で、初めての特攻はフィリピン海上で実施されることとなる。
富屋食堂
鳥濱トメさんが営んでいた食堂。知覧で少年飛行兵士の養成が始まった頃、軍指定の食堂となる。多くの若者たちがここで鳥濱トメさんの人柄に触れ、彼女を母のような存在として慕うようになっていった。現在、ホタル館 富屋食堂して復元。当時の様子を窺い知ることが出来る。
知覧特攻平和会館
特攻の史実を通して戦争のむなしさ、平和、命の尊さを訴えるシンボル的存在。特攻隊員たちの遺影、遺品、遺書とうが展示されているほか、戦闘機の実機もある。
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