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第5号

「AIR JAM 2011」が残したもの

9月18日、横浜スタジアムで11年ぶりに開催された「AIR JAM」に行ってきました。
第1回目の「AIR JAM」が開催されたのは1997年。
難波章浩(Vo&Ba)、横山 健(Gt&Vo)、恒岡 章(Dr)の3人から成る Hi-STANDARDが牽引役となり、ストリート・カルチャーと地続きのDIY(Do It Yourself)精神を持ったパンク/ロック・バンドをフィーチャーし、大きなムーヴメントを起こしました。
Hi-STANDARDが1999年にリリースした4thアルバム『MAKING THE ROAD』は、インディーズとして100万枚以上のセールスを記録。
彼らが体現したメロディック・パンクの求心力は、多くのフォロワーを生み、その潮流はいまもなお途切れていません。
しかし、Hi-STANDARDは2000年に千葉マリンスタジアムで開催された「AIR JAM 2000」を最後に活動休止。
以降、「AIR JAM」の開催がアナウンスされることはありませんでした。

あれから11年。「AIR JAM」に多大な影響を受けたリスナーやバンドマンたちのもとにビッグニュースが届いたのは、4月26日のことでした。
難波、横山、恒岡の3人がTwitter上で「9.18 ハイ・スタンダード AIR JAM。届け!!!」と同時にツィート。
彼らがバンドの復活と通算4回目となる「AIR JAM 2011」の開催を決めたのは、東日本大震災の復興支援のためでした。

そして、その日がやってきました。
晴天に恵まれた横浜スタジアムは、もちろん超満員。
出演するバンドも、オーディエンスも、そこにいるすべての人が特別な思いを抱いて、そこに集いました。
どのバンドも全身全霊のライブを「AIR JAM」のステージに残しました。
なかでも印象的だったのは、終盤に登場したマキシマム ザ ホルモン、BRAHMAN、そしてやはりHi-STANDARDのライブでした。
11年前はオーディエンスとして「AIR JAM」に参加し、いまステージに立っていることの喜びを感慨深く語ったホルモンが響かせた、轟音とシャウトとポップ・メロディ。
第2回以降毎回出演しているBRAHMANは、オーディエンスと魂の対話を果たすようなパフォーマンスを見せ、ボーカルのTOSHI-LOWは「おそらく今日をいちばん楽しみにしていたのは俺たちです」と語りました。
様々な感情が入り交じった形容しがたい迫力をたたえた大歓声を浴びながら、ステージに姿を現したトリのHi-STANDARD。
1曲目の「Stay Gold」から、アンコールの「Btand New Sunset」まで全12曲。
11年前と変わらない、気高いメッセージをどこまでも激しく、メロディアスに放つパンク・バンド、Hi-STANDARDがそこにいたのです。
彼らの思いは、音楽は、東北、そして日本中に向けられていました。また、難波は最後に「また来年会おう!」という言葉を残しました。

2011年9月18日「AIR JAM 2011」。
大きな目的を果たすために共鳴する人間の力、バンドの力、音楽の力。
ひとりのオーディエンスとして、一生忘れることのない感動とともに、そのことを胸に刻みました。

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【ライター紹介】
三宅 正一~取材にライブに子育てに。音楽を中心にせわしない日々を送るフリーライター~
1978年生まれ、東京都出身。雑誌「SWITCH」、「EYESCREAM」の編集を経て、2005年にフリーライターとしての活動を開始。音楽を中心に、カルチャー全般の執筆を手がけている。