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第29号

きのこ帝国『渦になる』の虜になる

きのこ帝国というバンドがいる。ぜひ注目してほしい。一度触れたら、その場から動けず、それと同時に感情の深淵な場所にまで響き、掻き乱し、染み入り、満たす旋律が鳴っている。どうしても刻みつけなければならない瞬間だけを、全身全霊で深呼吸するように閉じた込めた歌。そこに繊細かつ鮮烈な色と匂いと景色をつける2本のギター。静謐な音像を汚さないまま躍動し、歌がたどり着くべき場所まで導いていくリズム。無垢な少年と成熟しきった女性が声帯の震えとともに渾然一体となったような、忘れがたき声色。

 

きのこ帝国が結成されたのは、2007年。同じ大学に通っていた、佐藤(Gt, Vo)、あーちゃん(Gt)、谷口滋昭(Ba)、西村“コン”豪人(Dr)の4人から成る。結成の翌年からライヴ活動を開始し、以降ライヴハウス・シーンで特別な存在感を放ち続けている。これまで2枚の自主制作アルバムをリリースし、本作『渦になる』が初の全国流通盤となる。出身地も音楽的なルーツもバラバラの4人が、全曲の作詞作曲を担う佐藤の歌を中心に据えて融合していき、ポスト・ロック、シューゲイザー、オルタナティヴ・ロックを昇華したサウンドスケープを確立していった。だが、きのこ帝国の楽曲はジャンル云々の切り口では到底語り尽くせない吸引力をたたえている。彼らがこれまで大切に育んできた楽曲と最新曲で構成された(つまり、バンドの“これまでとこれから”がパッケージされた)本作『渦になる』の7曲を聴いてもらえば、筆者の言いたいことは十二分に理解してもらえるだろう。

 

静寂と轟音。荒涼と熱情。透徹と歪み。憎しみと切なさ。傷みから滲み出てきた、優しさ。行き場のなかったはずの情念が切り開いた、解放。部屋、海、空。そして、ここで生きるか、死ぬか。きのこ帝国というバンド名からは、ちょっと想像もつかない音楽が、ここでリスナーを待っている。

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【ライター紹介】
三宅 正一~取材にライブに子育てに。音楽を中心にせわしない日々を送るフリーライター~
1978年生まれ、東京都出身。雑誌「SWITCH」、「EYESCREAM」の編集を経て、2005年にフリーライターとしての活動を開始。音楽を中心に、カルチャー全般の執筆を手がけている。