解説
ジャン=リュック・ゴダールの描く、「勝手にしやがれ」と並ぶヌーヴェル・ヴァーグの代表的作品。映画的文法に基づいたストーリーというものはなく、既成の様々な映画の要素を混ぜ合わせ、光・色・音等を交差させて、引用で組み立てられた作品。「勝手にしやがれ」のジャン=ポール・ベルモンドを主演にして、ただただ破滅へと向かってゆく主人公の姿を描く。
別世界に入れる作品 ★★★★★
投稿者:カッス 2011-09-12
コラージュされたように次々の違うシーンが繰り出され、そこに言葉を繰り出す「男」と感情をあらわにする「女」との温度差が浮き上がるのも印象的。キザな主人公はある種、達観した思想を持っているかのように思えますが、それすらも自分で笑い飛ばしてしまう境地を演じているように思えます。
映像だけでも楽しめる ★★★★☆
投稿者:★483821★ 2010-06-03
ガマン系の芸術作品。台詞が「台詞っぽい」のがいい。川を歩くとか、絶対そんなんしないよなっていう「いかにも映画のワンシーンのような」映像がたっぷり。
景色・建物・洋服・インテリア・音楽・差し込みの絵。ぜんぶが計算されつくされているような、お洒落な映画。
マリアンヌもめちゃくちゃかわいい。
ただ、台詞を全部理解しようとして集中するとものすっごく疲れるし、たぶん理解不能。BGVにして流しておきたいような映画。
きっかけ ★★★★★
投稿者:こみみ 2010-05-16
映画をたくさん観るようになったきっかけの作品。血肉になるほど観ています。
ヌーベルバーグという… ★★★☆☆
投稿者:じょじょ 2010-04-27
ハリウッド映画とは180℃違って詩的な、ストーリー性があるんだかないんだかわからない作品です。ああこれがフランス映画かぁって感じで…一般的に受け入れやすいものではありません
ピエロ ★★★★★
投稿者:208 2006-11-05
何度も観れる、
それがこの映画の最も素晴らしいところ。
これぞ映画の美学! ★★★★★
投稿者:ダジョー 2005-06-11
五感を研ぎ澄ませ!そして第六感を屈指しろ!ゴダールの代名詞とも言える最高の出来映えといった感じの映画。60年代独特の色彩が放つ海、空、大地、都市、長く続く道、島・・・。そして溢れ出す感情とフランス流の結末が見るものを襲う!ボーリングやジュークボックスといった60年代お約束のアイテムも散りばめられて、映像的にも興味深い作品。哲学的な詩を引用し、さまざまな仕掛けも飛び出す。そして2人の主人公のロードムービーを彩るアクション、サスペンス、ラブ、ヒューマン、そしてミュージカル、コメディ。映画の要素と前衛的芸術が絡まり合う楽しくて悲しい超大作である。
見つけた-何を? ★★★★★
投稿者:トム 2004-06-07
「永遠」の極北の解釈だと思う。引用の嵐の中にゴダールの色眼鏡の奥が見え隠れしている。
もしやったなら…。 ★★★★★
投稿者:yoyoyo 2003-08-23
この作品、もし普通の撮り方をしたら全然おもんなくなりますよ。編集と演出がここまで重きを占める作品はあまり無いのでは?ゴダール初心者も単なる暇つぶしも必見の一作!
ベルモンド ★★★★★
投稿者:none 2002-03-21
ゴダール監督の文学的センスには感心する。ゴダールから流れでる節は、それこそ音楽のようなもの。ゴダール作品は、時代がたっても色褪せない映画。『氣狂いピエロ』このラストの結末に驚いた。
大好き。 ★★★★★
投稿者:まーしゃ 2002-02-08
”私の生命線”を歌うアンナに惚れました。どのシーンをとってもオシャレ。60年代にして、あそこまでできるゴダールはやっぱし天才!

まさに気ちがい映画 ★★★☆☆
投稿者:Kavi 2012年3月31日
作品紹介にもあるが、第一印象は「勝手にしやがれ!」の詩っぽい作品。
ストーリーは単純で、銃の密売人の恋人の金を盗んだ女と、その女にくっついて逃げる所帯持ちの男の
自滅的逃避行物語である。
哲学なのか、詩なのかをずっと読み上げる台詞は
難解すぎるので、理解する必要はない。
むしろ台詞にあまり意味はない。
感覚だけで見る映画。とにかく映像が美しい。
景色、色あい、光、どこを切り取っても絵になる。
そしてラストの男のあのシーンも、間抜けすぎて大好きだ。
苦手かと思ったが、意外と楽しめた。
ちなみにこの作品は、「きぐるい」でなく、「きちがい」と読むのが正しいらしい。
あんまり好きじゃない。 ★★☆☆☆
投稿者:ゆういちろう 2011年10月19日
行き詰まりを見せていた当時の映画表現に、風穴(ヌーベルバーグだから波穴?)をあけたという点で、非常に価値のある作品。鮮烈な映像と散文的な語り口は今でも斬新だ。
でも、こういう作り手の中で完結しているような作品は、あまり好きじゃないかな。“これまでにない表現構成”“これまでにない画作り”“これまでにない台詞”“これまでにない音楽の使い方”と、既存の映画の「裏のリズム」をとっているようなものなので、実は独創性よりテクニカルな側面の方が強い。さすがに批評家出身のゴダールだけに、膨大な映画的知識がベースになっているのには感嘆するけど。
ジャンルも年代もちょっと違うが、独自の思想と独善的な語り口ながら、どこかしら観客との共有を望んでいそうなホドロフスキーとかの方が好みです。
それと今はそれほどでもないけど、かつてはゴダール作品へのスタンスで、映画への理解度や知性・感性を推し量る風潮がありました。要するに、ゴダールが分からないとバカ・映画を観る目がない、といった感じ。こういう選民思想みたいなのはイヤだな。これは、ゴッホが好きかルノワールが好きかといった類の話。
チャップリンもフェリーニもキャメロンもチャウ・シンチーも、それぞれに楽しくて、それぞれに感じられるものがあると思う。
とりあえず ★★★★☆
投稿者:素凡夫 2011年5月1日
既存の映画の形態を解体、破壊、そして再構築したような孤高の傑作。
そのうえフィルムノワール、ラブストーリー、ミュージカル、コメディ、アートなどのあらゆるジャンルを内包していたし、
演出、編集のタイミングがとにかく絶妙。
飛び出す絵本的な ★★★☆☆
投稿者:ポッシュ 2011年4月27日
映画は実に解放されたテクストだと繰り返し言ってる自分ですが、そこが好きとか言っておきながらここまで自由だとちょっと立ちすくんでしまう。でも、キョトキョトしながらフィルムを眺めていると、まぁやりたい放題な感じでアンナ・カリーナは突然歌い出すし、殺人事件は起きるし、三文小説のようなオハナシが冗談みたいな即興アクションと、ちぐはぐなナレーションで進められていって、なんとはなしに愉しかったのも事実。とにかく「作り物」の世界を思いっきり遊んでやれってな感覚が、あちこちで弾けてる感じだ。例えば、サスペンスフルな音楽が鳴り出すと緊張感が高まって自然にその後の展開を予想してしまうのだが、ブツッと音楽が止むと途端に空気が弛緩して、自分が移入していた物語もストップしてしまう。素に戻って時間の流れが変わってしまうのだ。そう、この映画の中では物語が直線的に動いていかない。ようやく流れたかと思えばジャン・ポール・ベルモンドが観客に向かってしゃべり出すなど、各所でメタレベルの視点に観る者を引き戻す、最初から最後までそういう非連続性のアンスクエアなリズムの映画なのだ。
なにしろあらゆるシーンが唯一無二の突発的な美を表していて、こういうのって映画の神様がフィルムに降臨した瞬間なんだと思う。しかも、ものすごくデタラメに撮ってる気がして(ヘンテコなトラクターみたいな乗り物?に2人が乗って走ってるところとか、その場の思いつきとしか思えん)、そのテキトーさがまた「偶然の煌めき」を生んでいるように感じる。車で海に飛び込んじゃったり、その車がプカプカ浮いてたり、そんな風に「何か」が生成してくる画の躍動感は、現代美術のパフォーマンスを見ているような気分にさせてくれる。
これは、語り出したらキリがない、かな。きっと何度も繰り返し観て、その都度あれやこれやとインスピレーションとエモーションを喚起させられる、そうい…


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